吉田胎内樹型(山梨県富士吉田市上吉田)

冨士山噴火による複合溶岩樹型

「吉田胎内樹型」は「船津胎内樹型」と同じく複数の樹木が重なりあってできた複合溶岩樹型です。1本の横臥樹型、3本の井形樹型、小円筒型横臥樹型が連結して全長61mの樹型を構成しています。周囲には大小様々の60以上の樹型が点在し、吉田胎内樹型群として昭和4年(1929年)に国の天然記念物に指定されています。「吉田胎内樹型」は937年(承平7年)の富士山噴火の際に流出した溶岩流により樹木が覆われて消失した際にできた樹型です。

 

年に一度の「胎内祭」

「吉田胎内樹型」では年に一度「胎内祭」が開催されます。「胎内祭」とは富士山信仰の「胎内めぐり」にまつわるもので、「胎内めぐり」とは人体の中、母の胎内の中に例えられた樹型を聖地として富士山登拝の前に訪れる事です。樹型内部は壁が肋骨の様になっており、さながら人体もしくは胎内の中にいるようで、中に入って外に出る事で生まれ変わって身を清める事ができる聖地として考えられていました。樹型の奥には浅間大神、木花開耶姫命が祀られており、冨士講信者によって発見されたこの樹型は冨士山信仰に欠かせない地となりました。「吉田胎内祭」は明治時代から続く神事で現在も行われていますが、現在の祭は富士山の噴火など自然災害が起こらない様に祈願する意味合いで開催されています。

「胎内祭」では樹型入口の前に祭壇を設けて白装束に身を包んだ修験者達が集まり、神官によって祈祷が行われます。祭壇の上には大量の塩を敷き詰めて、その上に大量の線香を富士山の様に山型に盛ります。線香を燃やしながら祈りを捧げ、和紙を線香で燃やして灰が宙に舞う様子を見て吉凶を占います。線香を燃やす「お焚き上げ」が終わるとその塩を布で包んで、修験者達の体の悪い部分に押し当てて治療を祈る儀式を行います。

 

「胎内祭」のみ樹型公開

「吉田胎内樹型」は普段は非公開で、入口に鍵がかけられていて入る事はできません。年に一度の「胎内祭」の時だけ一般公開されます。樹型内部を見られる唯一の日ということで、「胎内祭」目当てだけでなく、樹型の中に入りたくて訪れる観光客もいます。しかし、樹型内部は狭くて一度に沢山入れない上に希望者が後を絶たないので、混雑して実際に中に入れるかは行ってみないとわかりません。 

徒歩で樹型に向かう

「吉田胎内樹型」は「船津胎内樹型」とは異なり、非公開で観光化されていませんので専用の駐車場もありません。樹型の傍まで車では行けませんので、近くまで車を止めて徒歩で向かう事になります。車を止める場合は「胎内祭」の際は「中の茶屋」、「冨士北麓運動公園」などを利用する事ができるようです。樹型まではどちらからもおよそ徒歩20~30分ほどで辿り着く距離ですが、祭の日以外は人気がない山道なので注意が必要です。非公開の樹型を祭の日以外に訪れる方はあまりいないとは思いますが、道もキチンと整備されていない山道ではもし迷ったら一大事です。冬季などは言語道断ですが、夏季でも人気がない道は何かあったら困りますので、代わりに河口湖フィールドセンターの「船津胎内樹型」を訪れた方が無難です。

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